糸井重里さんのツイッターを読んで

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教室にいらっしゃったHさんと糸井重里さんのツイッターのコメントのお話になりました。僕は直接糸井さんをフォローしていないのですが、だれかがリツイートで紹介しているのを偶然に読んで共感しました。

なんだか、たくさんの人の、とても多くの時間が、「正解」を探すことに費やされているように思えてなりません。いや、遠慮なく言えば、「正解」探しばかりで人生終っちゃう人ばかりじゃない?
糸井 重里 ‏@itoi_shigesato 5月8日

僕はこれを読んで、自分の頭の中の抽斗から河合隼雄先生の文章が出てきました。

「私」というものを抜きにしても、どんどん楽しい生活ができるようになったために、「私」が消えてしまった。お金ができてきて、ウイークエンドにどこかに行ったりして、楽しみ方が方法として確立されてくるわけです。そうすると、みんな自分の好きなことをしているようで、組織の中に入ってしまうのですね。
 ウイークエンドにしても、どこで何をしに行くというマップがちゃんとあるし、それならば車で行ったほうがいいとか、飛行機で行けるとかも書いてある。そのマニュアルに従って、みんな行動していますが、私がとかあなたがとかいうものはないのです。

「日本人」という病 河合隼雄著 静山社文庫

糸井さんも河合先生も同じ事を伝えたいのだと思います。
世の中が便利になり、過去のデータを参考に様々な「システム」が確立しています。
本来は「システム」を自分で作り上げていく過程が面白いし、その出来上がったシステムに自分らしさが滲み出てくるのだと思いますが、それが無い。過程を無視して結果を急ぐのであれば、今あるシステムから最良と思われるものを選んでそのまま利用した方が手っ取り早くて、みんなシステム探しばかりに夢中だ。

Hさんが、
「 『 ○ + ○ = 目標 』 の数式を自分で考えるのが面白い。
 目標が『 2 』であれば、『 1 + 1 = 2 』なのか『 0 + 2 = 2 』なのか『-2 + 4 = 2 』なのか『0.5 + 0.5 + 1 = 2 』なのか、試行錯誤を繰り返して目標に近づいていく。」
と楽しそうに喋っているのを聞いて自分もそう思いました。
過程を積み重ねるのには、苦労が伴うし時間もかかるし、いっぱい失敗もします。過程だけに自己満足せずに結果も出さないと食べていけないので大変ですが試行錯誤の作業は楽しいです。

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