『修行論』読書記録

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 身体技法の修行では、「私の身体にはこんな部位があって、こんな働きをするのか」という驚きに満ちた発見が繰り返し起こる。見出された部位やその制御法は、稽古に先立つ段階では予見されていないものであった。そもそもそのような身体部位があることさえ知らぬままに稽古しているうちに、獲得された身体部位の感知と制御法である。

『修行論』 内田樹著 光文社新書

自分が空手を習い始めた理由はこれだと思った。
空手を始めてから自分の身体の軸の存在が以前より確かになってきているし、
今まで使えていない身体の部位が多く発見できていて楽しい。
「型の動きが綺麗だな」とか、「ストレッチやトレーニング以外の色々な動作が
体験できそうだ」と思って何となく始めてみたが、やってみて良かったと思って
いる。
「空手をやったらこうなる」とか、「これができるようになる」というような
確証は全く無かった。

 修行は商取引とは違います。「努力」を代価として差し出すと、使用価値の明示された「商品」が手渡されるというシンプルなプロセスではありません。だから、消費者として育てられてきた子どもには意味がわからない。市場と商品しか見たことがない子どもには、どうしても修行ということの意味がわからない。

前出 前書きより

『どうなるかは解らないけれど、面白そうだからやってみよう。』
リスクがあっても確証が無くても、それらに好奇心が勝って行動に変わる。
実際にはハズレることも多々あるが、チャレンジを続けているうちにアタリに
当たる勘が鋭くなってくる。(若いうちに練習しておいた方が良いです。)

内田樹先生は医療と教育のビジネス化を懸念されているが、自分も深く
共感している。
人が成長する力は、『どうなるかは解らないけれど、面白そうだから
やってみよう。』だろうと自分は考えている。

しかし、大人は先が計算できているから子供の『面白そうだからやってみよう』
を排除し、先に正しい効率的なやり方を教えてしまう。
大人になると、どうしても先が計算できることしかやらなくなる。

ビジネスのスタイルとしては、『効果を保証』、『効果が出なかったら返金』
『お客様の声(あなたと同じような年齢、性別、職業、症状の方が改善して
います。)』、『お得な割引クーポン』etc…
をつけた方が集客できるのだろうが、保証がなくても確証がなくても
その世界へジャンプしていける強さが成長する力だと思っている。

企業の『お得』なサービスや保証に慣れ過ぎた『消費者』は成長しようという
力が弱い。成長するのは苦しいことでもある。消費者はそれを受け入れない。

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